この部屋の何がマズイかって、それはこの異様なベットに他ならない。
 ここはホテルのスィートなのかっ!? 
 と云う位に豪奢なソレはキングサイズで、流石にベッドメイキングは自分達でするが、リネン類も肌触りの良い超一流品ばかり。
 普通なら喜ぶべきかも知れないが、寝室の窓際にデンっと大きな顔で居座っているモノが一つしか無い事に気が付いた時、俺の下顎は思いっきり外れ、床に届いていた事だろう。
 何故、いったい何故っ!
 男二人が暮らす寮の部屋に、ベッドが一つだけなんだよっ? 
 入寮日初日、部屋の探索をしていた俺は寝室の入り口で見事に凍
りついたものだった。
 あれから早二週間、いまだ俺は男二人で同じベットに寝る状況に慣れていない。広さはまぁ確かに充分にある。安いパイプベットのシングル用を二つ並べたよりも、こっちの方が絶対幅がある。
 本来寝穢い質の俺である。毎日クタクタになるまで部活をした後なら、夕食を食べ、宿題を済ませ、シャワーで疲れを癒し、『はいお休み〜』と速攻寝入ってる筈だ。
 別に同じ男同士、何か間違いがあるワケでも無い。
 多少の違和感も、眠気と疲労の前に立ち消えているだろう。
 相手がアイツでさえなかったら。
「翼、待たせたな」
 開け放たれた寝室の入り口に顔を覗かせた彼を見て、俺は慌ててベッドから起きあがった。
「あ、いや、こっちも、もう終わるからっ」
 急いで自分が寝転がっていた部分の皺を伸ばす。シーツの交換は二人で交代制にしている。今日は俺の番で、アイツがシャワーを浴びている間にチャッチャッと済ませようとしたのだが、最近ゆっくり横になっていないからだろうか? 綺麗に整えた真っ白なシーツの海を見てたら、ついついダイビングしてしまっていた。
 おかげで折角整えたベットが台無しである。
「いや、そんなに丁寧にやらずとも」
「大丈夫っ、ほら終わりっ」
 浴衣姿のアイツが近づいて来て、俺はおざなりも良いところにシーツをスプレッドの下に押し込み、何とか体裁だけ整える。
「んじゃ、俺も浴びて来る」
 寝間着はいつも浴衣。
 イマドキの高校生がかっ?
 と最初は俺も驚いたけど、しっかり似合ってるんだから困ってしまう。微かに薫る石鹸の匂いにドキドキさせられなかせら、俺は秋櫂(しゅうかい)の脇を通り過ぎた。

     ◇◆◇

 二学期になると、生徒会執行部を始め、各部が世代交代の引継を本格的に開始する。
 そして、9月の二週目から約一ヶ月。校舎から歩いて十分程度の生徒会館で、全ての部、同好会の次期部長となる生徒が集められ、二人で一室の寮生活をこなす事が、ここ『清流学園・高等部』の昔からの規定の一つだ。
 清流の生徒会は発足当時から指名制で、学内選挙は無い。
どうしても悪政で全校生徒が耐えられない時には、必要人数の署名を集めてのリコールが可能らしいが、過去にそんな事実が一度も無い所をみると、この学園の執行部はそれぞれ優秀であるらしい。
 そして、実際の運営を任される前に、現役員から次期役員への共同生活による全てのノウハウの伝授は、非常に役に立っている、と云う事でもある。つまり現生徒会長は次期生徒会長と寝食を共にするワケだが、各部の生徒が同室となるのは、同じ部の先輩ではなかったりする。
 次期部長同士……それもあまり仲が宜しくないと思われる部の生徒達を一室に押し込み、一ヶ月間で互いに懐柔させようとの企てらしい。
清流は、幼等部から大学部まで揃ったエスカレーター式の学院のせいか、部活動が盛んで、全校生徒の8割は何かしらの部に所属している。故に運動、文芸に関わらず、各部のトップには仲良くして貰わないと困るのだ。
 間違っても、予算の取り合いで部長同士が取っ組み合ったり、互いの部員同士による校内喧嘩等は、あってはならない。若い俺達はちょっとした事に煽動され、些細な部の諍いを、学園を二分してしまうような大事にまで発展させてしまう可能性があるからだ。
その火種の元となりそうなモノを早々に揉み消す試みは、まぁ良いと思う。イヤ、思っていた。
同室者は、実際部屋に辿り着くまでは解らない。事前に教えられるのは、会館の部屋番号だけである。俺は弓道部の次期部長として指名され、入室日に簡単な荷物を片手に部屋に向かった。
仲が悪いまではいかないが、あまり俺の事を快く思ってないと伺える連中を脳裏に浮かべ、アイツかな? いやコイツかも……と軽い気持ちで与えられた部屋のドアを開けた瞬間、予想だにしなかった人間の顔を見て、思わず『嘘〜ぉぉぉぉ!?』なんて大声まであげてしまった。
その場にいたのは、次期剣道部主将の『平間秋櫂』だったから。
「なぁに、大声出してるんだか、うるさいよ?」
閉め忘れたドアからスッと、現生徒会長が現れる。
「し、静っ。なんだよコレっ?」
「はいはい、点呼です。剣道部『平間秋櫂』・弓道部『藤居翼』……両名入室完了、と」慌てふためく俺を尻目に、会長こと毛利静緒(もうりしずお)はいかにも事務的に出欠を済ませてしまう。
 そんな静緒を部屋の隅に引っ張り込み、「なぁ、静ってば、なんで俺秋櫂と同室なんだよ!?」内心の動揺も露わに責め寄る。
「なんでって、そりゃ日頃の行いでしょ」
「だったら尚更だ。俺と秋櫂は……って、規定はどーするんだよ?
 荒木とか山田なんていつも俺に突っかかって来て……」
「ああ、新聞と放送のね〜。だってアイツらのは、お前に構って欲しくてしてる事でしょ。別に問題無い──」
わぁぁっ、小声で喋ってくれよっ。
人がわざわざ声を潜めてるのに、遠慮なく通常のボリュームで喋る静緒の口を、俺はガバっと塞いだ。
「頼むよホント。人を苛めてそんなに楽しいのかよ〜」
背中の向こうに秋櫂の存在を意識して、なんだか情けない気分になってくる。静緒の奴は明らかにこの状況を楽しんでおり、肩越しに彼の様子を覗き見たのか、にんまりと悪魔の微笑みを浮かべている。
「すご〜く、怪しいと思われるよ? 翼」
「だっ、だって」
「僕としては気をきかせたつもりだったんだけど? 君も秋櫂も特に敵がいないからね、折角だから二人で蜜月を過ごす機会を与えてやろうと───」
「うわぁっ、もう良いっ、解ったよ!」
本当にコイツ性格悪いっ。
俺は大声で会話を打ち切ると、今度は静緒の背をぐいぐいと押し進めて、無理矢理部屋から追い出した。静緒は粗雑に扱われる事に多少ムッとした感じだったが、それでも、
「じゃあ秋櫂、翼の事宜しくね〜」
なんて最後に余計な一言を残すだけで大人しく去って行った。 おそらく、お気に入りの岳(がく)とこれから一ヶ月同室になれるのでご機嫌なのだろう。じゃなきゃ、こんなにすんなり引き下がりはしない。なにしろ右の頬を打たれたら、ネチネチと策を弄し、
肉体面より精神面を半殺しにするような性格なんだから。
 ふぅ〜、と溜息を吐いて部屋を振り返ると、秋櫂がこっちをじっと見ていた。
「ごめんっ、うるさくて」
「いや、別に構わないが」
「本当に静ってば何考えてるんだか。あーいう幼馴染みを持つと苦労するよ。これじゃ何の為に共同生活があるのか解らないよな?
何処で秘かに恨まれてるのか解らないのに、こんな部屋割にしちゃったら意味無いじゃん」
閉めたドアに寄り掛かってブツクサ言ってると、秋櫂が近寄って来て、俺の頬に手を触れながら聞いてきた。
「翼は私と同室なのは嫌か?」
「えっ、まさか、そんな事無いよっ」
「私は凄く嬉しいのだが」
両頬を掌で挟み込まれて、上向かせられる。
 普段は癖のない長めの前髪に隠れて良く見えない瞳も、流石にこの至近距離でははっきり見える。切れ長の涼しい瞳に捕らわれて、俺は小さく呟くのが精一杯。
「……俺だって、嬉しいよ」
好きな奴と一緒に過ごせるんだから。
恥ずかしくて瞼を閉じたら、最後の方のセリフは唇に呑み込まれてしまった。少しだけ長めの柔らかなキス。交わすのはまだたったの5回目。心臓がバクバクいってる。
 口から飛び出してしまいそうな勢いが怖くて、俺は秋櫂の胸に顔を埋めた。
「これから一ヶ月、宜しくお願いする」
髪を梳きながら、礼儀正しく挨拶する恋人に、俺は微かに頷きを返す。互いが両思いと知ってまだ一週間。はっきり言ってしまえば、今までは互いを名字で呼びあってたし、俺なんてずっと秋櫂に嫌われてるかと思ってた。
秋櫂は、てっきり同じ剣道部の岳の事を好きなんだと信じこんでたしさ。
 だからキスだってまだフレンチだし、正直手を繋ぐだけでも照れてしまうのに、突然の同居生活だなんて。やっぱり戸惑いの方が大きい、これから毎日どーするんだよ?
喜びと困惑で頭がグルグルしている。気を紛らわそうと室内の装備を点検し始めた俺は、寝室を前に、今度こそ鬼畜な生徒会長に呪いの念波を飛ばしたのだった。

     ◇◆◇

 バスルームから出た俺は、寝室の電気が既に消えているのを見て、少しだけ安堵した。
どうやら秋櫂は今日もさっさと一人で寝てしまったらしい。
一緒に暮らしてからは常にそうだ。
 早寝早起きを実行してると云うか、大概シャワー後は何事も無く寝入ってしまう。
秋櫂は、隣に俺が寝ていても何とも思わないのだろうか?
そんな疑問があったりもするが、今夜みたいに特に落ち着かない夜は、アイツの泰然自若とした性格はとかくありがたい。
俺はガシガシとバスタオルで頭を拭きながら、昼間観てしまったモノを反芻する。
 学食で、偶然次期生徒会長に指名されてる浦賀岳と一緒になった。
 岳とは一年の時同じクラスで、結構気が合い今も仲良くやっている。まぁ、以前は秋櫂の事でヤキモチを沢山灼いたりもしたんだけどさ。
 でも岳自身が素直で良いヤツだから、俺は気に入ってる。
他愛ない世間話をしながらご飯を食べていると、彼が醤油を取りに少し前屈みになった。
 その時、開襟の下、本当にギリギリの箇所に紅い斑点があるのを見付けてしまったのだっ。
それはたった一つだけだったけど、どう観ても虫刺されなんて古典的な代物では無くて、瞬時に誰がどーやって付けたのかすら想像してしまい、蒸せてうどんを喉に詰まらせてしまった。
テーブルの向こう側で素直に心配してくれる友人が、よくよく観察すると、いつもより大人ぽい気がして、邪な思考は留まる事を知らず、俺は一人赤面状態でその場を逃げ去った。
静の馬鹿、静の馬鹿、静の馬鹿〜っっっ!!
かなりこじつけだとは思うが、手の早い幼馴染みに心中でめいいっぱい悪態を吐きながら。
それからはもう、岳の服下に隠れた小さな点が頭からなかなか離れず、落ち着かないのなんのって。部活でも矢は的から外しまくるし、残身(弓を放った後の姿勢)が乱れまくってるとの注意はされるしで散々。
 部屋に帰れば秋櫂の顔を見て、照れるし胸はショート寸前だし、想は広がるしで壊れまくり!
日常会話すらままならず、一方的にギクシャクとしてる俺を、さぞや秋櫂は訝しんでいただろう。
だけど、さぁ………
まだ少し生乾きの頭のまま、俺はベットの右端に潜り込む。そして隣で仰向けに姿勢正しく眠っている恋人の態度に、僅かな苛立ちを覚え、ついその寝顔に恨みがましい視線を送ってしまう。
一緒のベット、なんだぞ?
なんでこんなに平然としてるんだよ。
 俺なんて、合宿が始まってからずっと寝不足だ。
 そりゃ流石に一晩中寝れないなんて事は無いが、この、一度寝付いたら世界の終末が来ても起きないんじゃないか、なんて軽口を叩かれるほど寝る子の王様の俺が、夜中に幾度か目覚めてしまうのだ。
 ぐっすり型の俺には無縁な『夢』なんて物まで、この部屋に来てから見るようになってしまった。
 しかもかなりイケナイ内容の……
はっきり言って、毎日、寝不足だ。
授業の6割は寝て過ごしてる。
 幸い自分はどうやら知能が人より優れているらしく、黒板に書かれた事を読むだけで、ざっとあらかたの理解が出来るからどうにか凌いではいるが、各先生方の評価はだいぶマイナスポイントが溜まっている筈だ。
それもこれも、半分はお前のせいでもあるのに、どーして自分だけ安眠してるんだよっ。
 本当は、俺にそんなに興味無い?
キスだって、初日にしただけで、後は掠りもしないし……
「翼」
うわっ!
「少し、いいか?」
寝てるとばかり思ってたのに、不意に声をかけられて俺はびっくりして飛び起きてしまった。
 秋櫂はそんな俺を見て微かに笑ったようだ。
 自分も身を起こし二人でベットの上で向き合う。なんだろう? 俺の疚しい気持ちに気付いたんだろうか。
 必要以上に緊張してしまって、とても顔を上げられない。
「4時限目は体育だった」
「はい?」
脈絡の無い会話の糸口。無意識に反応し、秋櫂の方を見る。
「たまたま近くにいた私は、岳の着替えの一部を見てしまった」
──それって、もしや。と考えついた矢先、顔がボワっと一気に火を噴いた。
「それを見て私は、かなり羨ましかった」
「羨ましい?」
「そうだ、毛利会長が、だ」
秋櫂は真剣に頷くと俺に向かって両腕を広げた。
 それはあたかも『おいで』と呼ばれてるようで、瞬時躊躇ったものの、おずおずとそちらに片腕を差し伸べた。すると彼はその腕の中に俺の身体を優しく引き込み、一連の流れでもってベットに横たえさせた。
「しゅっ、秋櫂?」
「翼は時々、寝相のせいで、こんな風に私のすぐ近くまで転がって来る」
げっ。確かに俺は寝相が悪いけど、そんな事してたのかっ?
こんな、目も鼻も、唇も、至近距離に迫ってたって!?
「一緒に寝始めてから、実はずっと満足に寝ていない。隣で私を信頼しきって安眠しているお前に、触れたくて仕方なかった」
初めて耳にする秋櫂の本音に、知らず息を詰めて聞き入る。
「だが、こんなに近くに寄って来た翼を前にして、流石の私でも何
もせずには済ませられない。卑怯だと思いつつも、何度かくちづけた」
「嘘っ」
「呆れるか?」
「違う、そうじゃなくて。秋櫂も少しは俺に、その、手を出したいとか、色々してみたいとか、本当に考えたって事?」
「考えるどころか、実行までしてしまったのだが」
自嘲の微笑を洩らす彼に、俺はぎゅっと抱きついた。
だって、別に良いんだ。
 秋櫂になら別にキスされても、他の事されても。
 それどころか俺の方がきっともっと悪いこと考えてた。
 秋櫂にその気があったって聞いて、こんなに喜んでるんだよ、俺。
言葉にするとあまりに恥ずかしいから、俺は黙って秋櫂にしがみ
つくばかり。
 否定と肯定の両方の意味を込める。
 聡いお前の事だもの、態度で解ってくれるよな?
「……俺も、ずっとちゃんと寝てなかったんだよ」
ぼそりと呟くと、身体に回された腕に少し力が入った。
「秋櫂は、どうやって俺に……したんだ?」
少しの探求心と、沢山の欲求。
 他人が羨ましかったのは俺もだ。
合わせた瞳は限りなく優しい色をしている。
 この眼差しに包まれているのかと意識すると、それだけで震えてしまう。
 視線と同じ暖かさで、耳朶に、額に、喉に、そして唇にキスが降りてくる。何度も何度も、でももどかしいほどに穏やかに。
数回目の唇へのキスの途中で、俺は秋櫂の首を強く抱いた。
途端、唇を啄むだけだったキスが、もっと深く熱く変化する。上下の隙間から、そっと忍び込んでくる舌先が、くすぐったい。お互いを探り合うキスはこれが初めて。
 俺はどう対応していいのか良く解らない。
 滑らかに絡め取られて包まれて、されるままに全てを預ける。ほんの少し乱暴な扱いすら心地よくて、自然に喉がなる。
「……んっ……」
秋櫂の器用な指先が、一つ、また一つとパジャマのボタンを外していく。
 鎖骨をすいっと撫で上げられて、俺の身体は思いっきり反応してしまった。
「や、駄目、待って秋櫂っ」
下半身の一点に血が集まっている。
 昂ぶってしまったソコは、秋櫂の身体にダイレクトに伝わっている筈。
「一つだけ」
胸の突起の少し上をキツク吸われた。
 多分明日になっても消えない花びらが散っている事だろう。
 岳の事を思い出して、俺は恥ずかしさと同時に、自分にも恋人のふしだらな烙印が捺されたのだと、誇らしさも覚えた。
秋櫂になら、本当に何をされても良いと思ってる。
だけど俺達はまだ始まったばかりで、やはり一足跳びの恋愛は無理だと思う。
 俺が感じてしまったように、秋櫂の身体も既に充分な変化を遂げているのは解っている。
 欲しがって貰えるのは嬉しい。触られるのも嫌じゃない。
 けど、この羞恥心は簡単には克服できそうにも無い。
「……秋櫂、もう」
止めて。と続けようとしたのに、その手はスルリと下肢の方へと伸びて行く。
 そりゃここまで来て途中で止めるのはお互い辛いけど、でも、でも俺はまだ心の準備がっ!!
「済まない、翼」
好きだ、と耳元で熱く囁かれて、俺は不埒な指先に思う存分翻弄されてしまうのだった。

所々くしゃくしゃになってしまったシーツの上でふて寝してると、秋櫂が戻ってきた。
俺が未知の快感に涙ぐんだ後、一頻り落ち着かせると、アイツは
『シャワーを浴びてくる』なんて、消えてしまったのだ。
 自分は良いのかと聞くと、
「今度で良い。今はこれだけで幸せだ」
なんて滅多に見せない全開の笑顔で答えたんだ。
 そんな顔されたら、もう何も言えないに決まってる。
 惚れた弱みだよ、全くっ。
「……怒ってるのか?」
「少しね。けど、何に対してかちゃんと解ってるのか?」
秋櫂はベッドに入って来るや否や、拗ねて丸まる俺を後ろから抱き寄せて、楽しげに言う。
「後、何回かは我慢して貰う。その内翼が嫌と云っても、きっと私が我慢出来なくなるから、それまでは……」
「馬鹿っ!」
俺は本気で言葉を返した。
 毎回俺だけ恥ずかしい目に遭うのかよ!?
そんなの不公平だし、それに一度こんな事しちゃったら、次はいつなんだろうって意識するし、それに、それに……!
背中に感じる息遣い。
 昨日までとはうって変わって密着してる。
 腕の中にいられる幸せより、はちきれそうな血管が気になる。
まだまだ発展途上な俺達の夜は、どっちに転んでもドキドキもの。
ああっ、やっぱり今夜もマトモに眠れないっ!
悔しくて、抱き締める秋櫂の腕に俺は軽く噛み付いてやった。

END