■てめェら全員地獄に堕ちろッ3 〜恋の吐息〜■

深水 晶

 何故、こんなことになったのだろうか、と思う。
 俺、和泉駿[いずみしゅん]、十五歳、高校一年生。
「何? どうしたのさ、駿。溜息なんかついちゃって。腹でもこわした?」
 ……そもそも、こういうやつだ。
「なんで、そういうしかめ面するかな? せっかく人が気をつかって声かけてやったってのにさ」
「……別に。何でもない」
 ああ、本当に。
 ……なんで、こんなヤツを。
 よりにもよって。
「あのさぁ、駿。君の唯一のとりえは顔だけなんだから、せめてその仏頂面はなんとかしなよ? 見ていてうっとうしいからさ」
 ……本当、自分でも情けなくなる。
「……うっとうしいとまで言うことはないだろ?」
 さすがに言い返すと、けろりと[しょう]──俺の義理の兄──は笑って言った。
「オレはただの事実を口にしてるだけだよ。とにかくさ、駿って顔形とか体型とかはカッコイイけど、色気も暗い過去もクソもない『正当派王子様』は、せめて愛想でもよくなきゃ、ウケが悪いんだよ。くやしかったら、一度でいいから、恋人のひとりでも作ってみせたら? 男でも女でもかまわないからさ。ま、オコチャマぼーやの駿には、絶対無理だろうけど」
 ……ああ、本当にな。
 なんで一体俺は、よりにもよって。
「……出かけてくる」
「え? なんだよ、ソレ。せっかくオレが駿の分まで昼飯作ってやってるのにさ。そういうことはもっと早く言いなよ。人迷惑だな」
「……すまん」
 俺が言うと、梢は驚いたように目を見開いた。
「……駿?」
「じゃ、いってきます」
 そう告げて、春物コートを肩にひっかけて、梢に背を向けた。
「……本当に腹でもこわしたの? 正○丸と熊の○どっちが良い? 陀○尼助もあるよ?」
 うるさい。
 ほっとけ。
 っていうか、頼むからほっといてくれ!!
 ……そう思いながら、家を出た。


 俺たちは、今、郊外の一軒家に住んでいる。親父のバカみたいなはしゃぎっぷりがなんだか色々な意味で痛かった。……以前住んでいたマンションはまだ解約していないハズだ。だったら、俺一人でもあそこに移ろうかな、と思った。どうせ今までも一人で住んでるようなものだったし。家事が面倒だったら、ハウスキーパーでも雇えば良い。だいたい、あのマンションからの方が、学校には近いのだし、俺の学力では、授業についていくためには、必死で机にかじりついて勉強しなければ、すぐ落ちこぼれるだろう。
 たぶんいいわけとしては、上出来だと思う。思うのだが、唯一の悩みは、俺がそう言ったら、同じ高校の一つ学年上の梢まで一緒について来るのではないだろうかという不安だ。俺が、一緒に暮らしたくないのは、その当の梢なのだから。
 キライだから一緒にいたくない、というのならまだマシだった。問題は、俺が、相手を、恋愛対象として見て──梢の性別・性格には関係なく──感じているからだ。
 っていうか、俺が好きなのは、あいつの『顔』だけか?! 多重人格で、コロコロめまぐるしく性格・人格変わる、正体不明で、詳細不明の、とんでもなくアヤシイ凶悪人物で、俺たちが通う学園のの『暗黒部分』を支配する、『奥の院』とかいう怪しげな暴力集団(?)の頭領で、『姫』などと呼ばれ、一般生徒達には、両手両足を床に密着させて平伏されているような、非常識なまでに高飛車で、オレサマで、アレな男だ。見てくれは確かにこの上ない絶世の美少女だが──よりによって、あんなヤツに惚れたりするか?! 俺!! 顔さえよければ、性格・人格はどうでも良いのか!? 確かにあの天使のような微笑みは凶悪なくらい絶品で、あれを見て正気でいられるヤツもなかなかいないと思うけど……ッ!!
 ああぁッ!! 俺のバカ!! バカバカバカッッ!! なんでよりによって、あんな口も悪いけりゃ性格も悪いッ!! どうしようもなくブラックでダークで情け容赦ない極悪非道人間にッッ!!
 ああ……でも……そう思ってても、俺は、あの顔に微笑まれると、頭がクラクラして、思わずムラムラと……ッ!! ってバカ!! 天下の往来で一体何を考えてる!? こんなトコで勃起なぞしたら、一生の恥だぞ!? 末代まで語られるぞ(特に梢あたりに)!!
「……おい、駿。何、道の真ん中で勃起がどうとかヤバイことぶつぶつ呟いてるんだ?」
 目の前に、不意に、忍が──勝浦忍[かつうらしのぶ]、俺の中学時代からの友人──が現れた。
「助けてくれッ!! 忍ッッ!!」
 思わず飛びつくように抱きついていた。
「えっ!? なっ!? ど、どうした!? 駿!! なんだ!? いったいどうした!! 梢に何か意地悪されたのか!?」
 その言葉に、びくり、と身体が震えた。
「……おい、まさか、駿……っ!!」
「……忍、すまない。少し、話を……聞いてくれないか?」
「判った。俺の家に行こう。すぐ近くだから」
 忍は優しく、宥めるような口調で、本当に優しい笑顔で、そう言ってくれた。
 だから、俺はなんだかちょっぴり、泣きだしそうになった。
 ……泣かなかったけど。


「……え……?」
 俺の告白が意外だったのか、忍は一瞬、硬直・蒼白・絶句した。
「……気持ち悪い、か? そう……そうだよな、こんな話。俺だって気持ち悪いと思うし」
「あっ、いや、そうじゃない!! そうじゃなくてっ!! ちょっと、あんまりにも急な話だったから!! 俺は、俺は……駿のこと、すごく好きだから……さ」
「ありがとう、忍。そう言ってくれるの、お前くらいだよ」
「……あ、いや、その……な」
 困ったように、忍はうつむいた。
「あのな、この際だから言うけど、その俺……」
「まさか告白なんかするわけには行かないよな、こんなこと。どう考えたって、こんなの、俺だって、誰か男に、しかも身近にいるヤツに好きとか言われたら、気持ち悪くて二度とそいつの顔見たくないし」
「えっ!? ……あっ……そ、その……!!」
 忍は何故か真っ青な顔になった。
「……駿は、そう思うのか……?」
 その言葉に、俺はこくりとうなずいた。
「……あのな、忍。俺、こういう顔だろ? なのに、今まで女とつきあったことは確かに一度もないんだけどさ、たまになんか変なヤローにからまれることはあってさ。そういうの、気色悪いとか思いつつ、殴り飛ばしたり蹴り飛ばしたりしてたら、いつのまにか喧嘩強くなってたんだ。そしたら、別の妙な連中にも目ェつけられるようになってさ。なんか時折闇討ちとか襲撃されたりして。……忍に初めて会った時の状況もそんな感じなんだよ。ケツさわりやがったヤローをこてんぱんにのしたら、翌日から集団でつけ回されるようになってさ。さすがの俺も、相手の人数が多いと、どうにもならないからさ。体力勝負は無理だし不可能だし、腕力・筋力だってそうそうないし。早さと身軽さと瞬発力だけが、俺の武器なんだよ。もっと体重つけて腕力つけたいんだけどさ。俺、あんまり太れない体質みたいで」
「……そう、だったのか」
「ずっと世話になりっぱなしなのに、俺、こういう話、したことなかったよな。でも、俺、忍はきっとそういう話イヤだろうと思ったし、聞きたくないんじゃないかと思ったから。なのに、まあ、今、話してるけど」
「俺は……駿の話だったら何でも聞きたいよ。駿のことなら、何だって知りたい」
「……忍ってさ」
 思わず苦笑した。
「お前、時折ものすごく変なこと言うぞ? まるで女口説くみたいな台詞だな、バカ。そういうのは目当ての女に言ってやれよ。俺なんかに言ってたって仕方ないだろ?」
「あ、はは……は。そ、そうだな、駿。俺、バカだな。は、はははははは……」
「なあ、忍。笑いたくもないのに、無理して笑うことないんだぜ? 俺、お前にそういう無理させたくなんかないからな。でもまぁ、お前、基本的に、優しいよな。男でも女でも、誰にだって関係なく。俺は……俺はそんなふうにはできそうにないし、なれないから、すげーと思ってるよ。なんかくやしいからあんまり言わねーけど。忍、俺と違ってモテるし、友達もいっぱいいるしな」
「……いや、言われるほどあんまりモテないよ」
「え? うそだろ? どう見たってモテてるじゃねェか」
「……本命にはモテないんだ」
 深刻な顔で言う忍に、俺は笑った。
「バカ。大丈夫だよ。たぶんきっと、それ、その本命にお前の気持ち、伝わってないだけだよ。お前のこと知って、お前の気持ち知ったら、誰だって喜ぶだろ? お前すげーいいやつだし。お前に惚れない女なんていないだろ?」
「……ああ……そうかな……そうかもしれないな……」
 何故か、忍は泣きそうな顔になった。
「俺さ、だから……家を出ようと思ってるんだ」
「え? 待てよ。お前、つい先週引っ越してきたばっかりだろう?」
「だけど、俺、こんな気持ち抱えて、梢と同じ屋根の下でなんて、とても眠れないよ。うっかり浴室で二人きりで鉢合わせなんかしたら、俺、自分を抑えきれるか自信ないし」
「そ……そんなに切羽詰まってるのか……?」
 俺は素直にうなずいた。
「気持ち悪いだろうけどさ……やり方なんか知らないくせに、俺、毎晩のように、梢の夢を見るんだ。俺の下で、梢があらぬ嬌声上げてさ……俺、男同士でどこに挿れりゃ良いのかなんて知らないのにだぜ? なんか妄想しすぎで頭いてェよ。AVの見過ぎかな? あんな風に男があんあん泣くわけないのにさ。……だからちょっとしばらく、控えてみたんだけど、そんなものでどうにかなる風でもないみたいで。……なんかもう、死にそう」
「…………」
「悪い。本当気色悪いよな? つまんない話して、すまん。……その、忘れてくれ」
「忘れられるか! あのな、俺は……お前のことが好きなんだよ!! お前がとても心配なんだ!! いつだって、そばにいなくても、お前のそばにいたいと思うし、お前のために何かしてやりたいと思うし、お前が望むなら、どんなことだってしたいと思うし!!」
 ……必死で言う忍に、なんだかすごく泣きたくなった。
「……悪い、忍。ちょっとだけ……胸、貸してくれるか?」
「え?」
「……なんか俺……本当、情けなくて。俺、あんまり言わねェけど、忍のこと、好きだよ。一緒にいて安心してるし、絶対何があっても、忍だけは俺を見捨てないでいてくれるって信じてるし、甘えてるし、頼りにしてる。……梢なんかに惚れたりした、こんな俺のことでも、見捨てずにいてくれるし……」
「駿、あのな……」
「その気持ちだけで、すげー嬉しい。めちゃくちゃ嬉しいよ、忍。俺……俺、本当にお前みたいな親友がいてくれて、本当に良かったって思う。なんか……本当嬉しくて……ごめん、やっぱ我慢できないや……ちょっと、しばらく、泣いても良い?」
 忍の顔を見上げて尋ねると、忍は真っ赤になってうなずいた。
「お前の気が済むまで、いくらでも泣けばいい」
「……本当、お前、優しいな……」
 忍の胸に顔を埋めると、忍は半ば自嘲的に呟いた。
「……違うよ。駿にだけだよ……」
 ありがとう、と心の中で呟いた。


「……駿、送らなくて、本当に良いのか?」
「うん。もう大丈夫。それに、そろそろ帰って、梢の作った昼飯食ってやらないとな。別にどうだって良いけど、梢、食べ物無駄にするの、すげーキライみたいで。俺がピーマン残すと、鬼のように目くじら立てて怒るんだ」
「……駿」
「やっぱり、たぶん、梢の顔見るの、つらいだろうけど、でも少しスッキリした。お前のおかげだよ、ありがとう。おかげで少し助かった。誰かに話すだけでも、結構楽になるもんだな」
「……あのな、駿。寮に入るっていうのはどうだ?」
「……え?」
「なんなら、俺も一緒に入ってやるから。そしたら、梢と離れられるし、梢は寮長のこと毛嫌いしてるから、絶対入寮しない」
「……本当?」
「ああ、本当だ。犬猿の仲なんだ。まあ、寮長は……特殊な趣味の男でな……どうも、筋肉質の……体格の良い男が好きなんだ」
「……それって、忍がまさにそれなんじゃ……」
 俺が呆然と呟くと、忍は無言でうなずいた。
「そ、それじゃ忍が寮に入ったら、別の意味でヤバイんじゃ……!?」
「大丈夫。心配するな。あいつは男の筋肉だけを愛してるんだ。それ以外には興味がない」
「は? 筋肉?」
「特に大腿筋が好みなのだそうだ。頬ずりさせてやる程度で、十分満足してくれる」
「…………」
 それは、あまりにも自分を捨ててないか? 忍。
「良いんだ。俺は平気だ。別に、今更だしな。許可しなくても触られるんだ。一緒だよ」
 ……本当か?
「でも……ッ」
「心配するな。別に身体や心を売るわけじゃない」
 似たようなもんじゃないのか?
「平気だよ。それより、俺は、駿を一人になんかできない。俺が、お前のそばにいるのは、嫌か?」
 その言葉に、俺は首を横に振った。
「いいや、助かる。助かってる。でも、本当に良いのか?」
「言っただろう? 俺はお前のことが好きなんだ。お前がとても心配で、いつだって、お前のそばにいたいと思うし、お前のために何かしてやりたいと思うし、お前が望むなら、どんなことだってしたいと思う。いつも、思ってるんだ」
「……なんか、本当口説かれてるみたいだな。でも、俺、嬉しい。お前がいてくれて嬉しいよ、忍」
「駿……」
「そろそろ帰らなくちゃ、梢がむくれる。あれ、怒らすとコワイって最近ようやく学習したからさ。普段の悪口雑言、嫌味や毒舌なんて比較の対象にならないからな。寮の話、家に帰ってから、もう一度電話する。……良いか? 忍」
「……待ってる、駿」
 そう言った忍の顔は、なんだか痛くて、笑っているのに、どこか哀しげに見えた。
 俺は笑って手を振り、忍と別れた。
 そして、吐息をついた。
 ……さて、家に帰ったら、いったいどういう毒舌が待っているのやら。
 ゆううつなのに、どこかそれを楽しみにしている自分がいる。
 マゾの趣味はなかったハズなのに。
 それが梢のものなら、どんな言葉だって愛しい。
 痛いけど、幸せだと思ってる。
 だけど。
 だからこそ、こういうのは。
 こういう気持ちは終わらせなきゃ。
 ……でも、今はとても、かないそうにないから。
 本当に、こんな気持ちを抱くくらいなら、最初から、兄弟だったら良かった。そうしたらもう少し楽だったんじゃないか、とか。さすがに俺も、実の兄を押し倒したいという妄想には駆られなかっただろう、とか。せめて、梢が美少女顔じゃなかったなら。……いや、あの顔じゃなかったら、そもそも俺は、惚れてないのか?


「ただいま」
「……どこでいったい何道草食ってたのさ。駿の分の食事なんか残ってないよ」
 そういう背後から漂うシチューの匂いはなんだと言うのだろう?
「へらへら笑ってんじゃないよ、駿。気色悪いったら。……確かにオレは愛想よくしろって言ったけど、不気味ににやにや笑えなんて言ってないだろ!?」
 ……なんとなく。
 梢は照れ屋なんじゃないかと。
 最近、思うようになった。
「あのな! そういう目で見ても、オレは親切でも善人でもないんだからな!! メシが食いたきゃ外行け外! 外で食えよ!! お前の分なんかないって言ってるだろ!?」
「今あるシチューは?」
「あれは……オレのお代わりだよ。決まってるだろ? オレの食い扶持減らす気か?」
「だめなのか?」
「……何、ドコでそういうワザを覚えたの!? その性悪子犬系の!! ○イフルのCF!? 流行に乗っかるには遅すぎるしズレてるよ!! 駿!!」
「……犬が好きなのか?」
「そんなこと誰も言ってないだろ!? ああ、もう、いい!! 食いたきゃ食え!! ただし、自分でよそえよ? そこまで面倒見切れないからな!!」
「……何顔を赤くしてるんだ? 梢」
「別に。お前に関係ないだろ。……ったくさっきはしょげてメゲてたかと思えば……」
「……心配した?」
「してないよ! 調子に乗んな!! ったく頭くる!! くそっ、元々キライだったけど、最近だんだんムカつく言動するようになったな。底知れぬ大バカのくせして、いったい何を考えてるんだか。まったくまともな学習能力はないくせに。知ってるんだぞ? 入学最初の学力試験でお前、最下位だったんだって? あんまり恥ずかしい成績取るなよな。血は繋がってないのに、全校生徒にバレてるから、オレの方が恥ずかしくなるだろ? あんまりデキが悪いようなら、退学しなきゃならないし。オレの在学中はそんなの、絶対許さないからな。問答無用でブッ殺す!!」
 ……苦しいけど、幸せだ。
 どうしよう。
 俺、マゾかもしれない。
 それは……困る。
 すごく、困る。
 俺の人生の、重大問題だ。
「……いや、別に駿がマゾでもバカでも、誰も何も迷惑しないけどね?」
 いつも通りの梢に、安心しながら、何故か溜息が出た。

 ひっそりと。
 小さく。
 心のなかで、そっと呟く。
 これが、恋、なのかな……?

「え?」
 タイミング良く振り返った梢に、俺は曖昧な笑みを返した。

[完]

 




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