■てめェら全員地獄に堕ちろッ2 〜サクラの舞う頃〜■

深水 晶

サクラ、サクラ。
サクラが咲いた。
並んだ、並んだ。
ひの、ふの、みの、よの、受験番号。
(童謡「チューリップ」のメロディで)

「……ない」
 俺、和泉駿[いずみしゅん]、十五歳。四月から晴れて高校生(予定)。
「高校入試不合格おめでとう」
 不吉な『幻聴』が聞こえてくるが、無視だ、無視。
「どこにもない」
 そんなハズはないのだ。あれほど熱心に連日徹夜で、昼間に居眠りするほど必死に勉強したのに。こんなに真面目で清廉潔癖なこの俺の受験番号がないなどということは、世界が滅びようともありえない。もし、仮にそうであるなら、俺の貴重な青春の日々を返しやがれバカヤローッ!!と力一杯叫びたい。だが、そんなことは絶対にありえないのだ。
「だからさ、いくら穴があきそうなくらい熱心に見ても、ないものはないんだから、男らしくさっぱり諦めなよ。私立高校の方は合格してるんだから」
 俺はカッと背後を振り返った。
「この世で絶対、お前にだけは、男らしくとか言われたくない!!」
 俺は力一杯叫びながら、『幻聴』──またの名を和泉梢[いずみしょう]──に向き直った。
「自分の眼力のなさを棚に上げて、いつまでも、しつこくうじうじ恨んでの言動は、正直、見苦しいよ?」
 と、どこからどう見ても美少女に見える男──ありえないことに、義理の兄──が、ひらひらと右手を振りながら、面倒くさそうに言った。
「……っていうかお前、初対面の時と随分キャラ違うくないか?」
「そんなのフリだよ、フリ。あんな気持ち悪いカマトトブリッコ、略してカマブリ男がいたら、キショイでしょ? 実在したら瞬殺だよ、瞬殺。……って自分の 方こそ棚にあげないで欲しいな。そっちこそ気持ち悪いくらいの変貌ぶりじゃない? ばっかみたい」
「なっ……!! 何様のつもりだッ?! てめェ……ッ!!」
「オレ様。ついでに言うと天上天下唯我独尊。オレより偉そうなのがいたら瞬殺決定。即殺す。存在そのものを抹消する、のは割と面倒だから、人を使って半殺しにするか、弱味を握る。弱味がなかったら、作って脅して服従させる。……まあそんな冗談はともかく」
「……冗談なのかよ?」
「そう言えば、駿。君には不承不承ながら、一応礼を言わなくちゃならないんだよ。というのも、君のおかげで[しのぶ]を脅すネタをまた一つ入手したからね。君のことはあまり好きじゃないけど、本当嬉しかったから、ありがとう」
 と、ぺこりと頭を下げる。
「あ? 勝浦[かつうら]? あんなヤツゆすってどうするんだよ?  大体、あいつ、ゆすらなくても下僕だろ? なんでも言うこと聞くじゃねェか」
「……その特別待遇が自分だけに限定されているという自覚がないあたり、ムカつきはするものの、好ましくもあり、羨ましくも思うね」
「は? なんだそりゃ。ムカつくけど好ましくもあり、羨ましい? 何言ってんだ?」
「つっこむところが、ソレだというあたりも実に興味深い観察対象だね、君は。無意識にその可能性を避けているのか、天然なのか、作為なのか。悩むところで もある」
「は? どういう意味だ?」
「……まあ、オレとしてはだまって見てる方が面白いから、このまま楽しませてもらうよ」
「…………」
 俺はもう一度掲示板を見上げる。見上げながら、傍らの梢に尋ねる。
「……ところで、さっきの話、本当なのか?」
「さっきの話?」
「……だから、俺の公立入試の不合格」
 言うと、梢は呆れたように俺を見た。
「だって。どう見てもないじゃない。補欠にすら入ってないでしょ? つまり圏外。問題外。お呼びじゃないよ、バーカ、冷やかしでも来るなボケ!って感じで しょ? それくらい察しなよ?」
「…………」
 だらだらと冷や汗が全身を伝う。
「だから、性懲りもなく見上げたって、ないものはないんだから、諦めなって」
「……か、……」
「か?」
「……天国の母さんッッ!! 神様ッ仏様ッッ!! 一体俺の何がどう悪かったんだぁあああああッッ!! ぅおォッ!! アベックなんか絶滅しちまえッ! そこのてめェら!! 高校受験合格くらいで浮かれ騒いで胴上げなんかしてんじゃねェよッ!! てめェら全員地獄に堕ちろッ! ちくしょぉおお!! おッ……俺の貴重な青春の日々を返しやがれぇええええぇぇえッッ!!」
 俺が絶叫すると、静かな声で梢は言った。
「やるべき時に、やるべき努力を怠る人間ほど、よく騒ぐよね。これが負け犬の遠吠えってやつ?」
「うあぁああぁああッッ!!!」
 俺は絶叫した。


サクラ、サクラ。
や○いの空は、 見渡す限り。
いざや、いざや、いざ行かん。
(唱歌「サクラ」のハズだが、一部なぜか伏せ字)

 入学式だ(黒猫学園の)。
 とうとうこの日が来てしまった(絶対夢であって欲しかった)。
「入学おめでとう」
「おめでとう! 駿!!」
 『幻聴』その一、その二が聞こえる。
「まだ言ってるよ、人のこと幻聴とか。幻聴ってマイブーム?」
「相変わらず、心の中で思ってること口に出す癖治らないんだな、駿」
 幻聴たちは俺の心の中の思考を読むらしい。
「いや、人の話はちゃんと聞いた方が良いよ、駿」
「そういうところも駿のカワイイ魅力の一つなんだ」
「……忍の趣味、絶対悪いよ」
 幻聴その一が、その二に言う。
「ってことは俺がその二なのか?!」
「余計者ってことだね」
「そっ……そうなのか?! 駿!!」
 幻聴その二に抱きつかれて、
「ああッもうッッ!! うるさい!! うるさいんだよッ! 勝浦! てめェはッ!!」
 振り払った。
「ぐおあぁっ!!」
 おおげさに、勝浦は吹っ飛び、桜の木に激突して、気絶した。ぴくりとも動かない。
 俺は勝浦を覗き込んだ。
 白目を向いて倒れている。
「おい、勝浦。おおげさだろ?」
「今のは最高だったね。振り向き際に肘と手の甲で、みぞおちと顔面に連続2ヒット。しかもタイムリーに左手グーで股間を直撃」
「……え? 本当か?」
 梢は神妙な顔つきでうなずいた。
「ご愁傷さま。香典は、大事に使うからね、忍。安心して成仏してくれ」
「……さすがに死にはしねェだろ?」
 俺は冷や汗を拭いつつ言った。
「さて。講堂はわかる? 案内してあげようか?」
「いや、いい。って言うか、なんでてめェら校門で俺を待ち伏せてんだよ?」
「ソレは忍が君を待つと言ったから」
「……なんでてめェも?」
「なんとなくつきあいで」
「勘弁しろよ」
 そう言いながら、辺りを見回すと、俺たちの元に周りの視線が集中していた。
「とにかく、校内では俺に絶対、声かけるなよ」
「……もう遅いと思うけど」
「俺は校門は校内とは思わないことにした。お前もそうしろ」
「オレの方が年上で、その上君のお兄さんだって言うのに、本当偉そうだよね?」
「俺のどこが偉そうなんだ。失礼なことを言うな」
「……やはり君は興味深い観察対象だよ」
「勝手に観察対象にすんな! とにかくだ。俺とお前は赤の他人!! いいか? いいな? 校内では絶対二度と話しかけるな」
「……二度と、ねぇ?」
 梢は首を傾げたが、うなずいた。
「ま、いいでしょう。君がそうしたいと言うのなら。じゃあね、駿。がんばって」
「……お前に言われると腹が立つ」
「じゃあ、もっと言ってあげるよ。フレー、フレー、が・ん・ば・れ、駿! 駿!!」
「人の名前を連呼すんな」
 俺が睨むと梢は肩をすくめた。
「ま、とりあえず。ここで見送ってあげるから」
「いらねーよ!!」
 怒鳴りつけて、俺は一人講堂へと向かった。

 講堂には既に新入生の半分以上が集まっていた。俺はその中で自分のクラスを探して見つけ、列の一番後ろに座ろうとした。
「ね、君」
 不意に脇から声がかけられた。
「あ?」
 振り返ると、そこには眼鏡をかけたチビがいた。
 推定身長一五一センチ。推定体重四十キロ。
 ちなみにこの学校は、男子校なので、当然男子生徒だ。
「…………」
 さて、俺の知り合いにこんなヤツいただろうか?
 初めて見る顔に思えるのだが。
「はじめまして、僕、高井田高[たかいだたかし]って言います。君 は?」
「……え? 俺の名前か?」
 高井田という名のチビはこくりとうなずいた。
「俺の名前は和泉駿だ。和風の『和』に、水がわき出る泉の『泉』、俊敏の俊じゃなくて、馬へんの『駿』だ」
「『駿馬』の駿ですね。すごく良い名前ですね!」
 そうか? 俺はあんまり好きじゃない。
「そんなことないです! カッコイイですよ!!」
「ってなんでお前、俺の心の中で思ってることが判る?!」
「え? いや、だって。さっきから口に出て……」
「まさかお前、超能力者か!?」
「えっ……だ、だから、君が声に出して……っ」
「すごいな。勘の鋭いヤツに会うのは初めてじゃないが、テレパシストに出会ったのは、初めてだ」
「…………」
「お前も俺と同じクラスなのか?」
「……あ、うん、そうです。……いや、君カッコイイですねって言おうと思ったんですけど」
「何だ? どうしたんだ?」
「……まあ、友達になりませんか?」
「別にそれはかまわないが。なんでそんな複雑な表情してるんだ?」
「……え、いえ、別に。おかまいなく」
 ぺこり、と高井田は頭を下げて、俺の隣の席に座った。
「あの、僕、中等部からの持ち上がりなんですが……駿さんは、『奥の院』の『姫』とお知り合いなんですか?」
「……『奥の院』?」
「はい。『奥の院』、通称『奥』です。別名『姫』親衛隊とも呼ばれていますが。さっき、校門前で『姫』とお話なさってらしたでしょ?」
「…………」
 そう言えば。勝浦が『奥』の『姫』がどうたら言っていたような気が。
「えっ!? 勝浦先輩ともお知り合いなんですか!?」
「なんだ。勝浦のことを知っているのか?」
「勿論です! 勝浦先輩は有名人ですから!! なにせ、『奥』の『姫』と唯一、対等に言葉を交わせる人ですからね。中等部でも、非常に有名でした。『姫』 は容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能で手先も器用で、レース編み世界選手権があったらぶっちぎりで優勝するかもという腕前の完璧な方ですが、滅多に相手に 対等の口を利かせないという事で、非常に恐れられてもいますから。表だっての役職等はありませんが、『姫』はこの黒猫学園の影の支配者です。誰も『姫』に は逆らえません」
「つまり暴君ってことか? そんな悪逆非道を行っていたのか。どっちが偉そうなんだか」
「暴君だなんてとんでもない! 『姫』は我々下々の者にも優しくしてくださいますよ。決して『姫』のご意向に刃向かわず従えば、我々を庇護してくださる寛 大で鷹揚な方です。基本的に、誰かに何かを無理強いするような、ご無体なことはなさらない、まさに理想的な君主です」
「…………」
 ここは、確か現代日本。西暦二〇〇五年の平和な町ではなかっただろうか?
「…………」
 ついでに言うと、ここは、黒猫学園高等部。私立の男子校……だったハズだ。
 たぶん。
 きっと。
「…………」
 悪い夢でも見てるのだろうか?
 何かおかしなものでも食べて、俺は、何かおかしなことになっているのだろうか?
 今朝の朝食は、炊きたてご飯に、鯛のお吸い物、ほうれん草のごま和えに、子持ちししゃもとイカの塩辛と納豆を食べた。あと、昨夜の残りのおでん。
「…………」
「ええと、現実、ですよ?」
「…………」
 何故こんなことに。
 ……嫌な予感はしていた。
 なんとなく今朝、カーテンを開けた時、窓の外にカラスが目の前にいて、不吉だと思って慌てて閉めた。だが、その後でもう一度開けた時は、カラスはもういな くなっていたハズだ。別に黒猫が目の前を横切ったりもしていない。
 何故だ。何故なんだ!
「いや、カラスのせいでも、黒猫のせいでもありませんから。あなたが来る前から、『姫』は『奥の院』で采配を振るって、学園の暗黒部分を支配し、統治して いらっしゃいますから。そのために、我々一般人は安心して、通学できるのです。普段は、『姫』のご意向もご威光も気に留めることなく生活するのが普通で す。何か危急の際に、初めて『姫』のご威光や御心に触れるのです」
「…………」
 今度はご威光、御心と来た。
 眩暈がする。
 頭痛がする。
 耳鳴りもしてきそうだ。
「おい、そこの一年」
「え?」
 高井田が振り返る。
「お前じゃない、眼鏡チビ。その隣のぬぼーっとしたやつだ」
 ぬぼーっとしたやつ。高井田の隣にそんなヤツがいただろうか?
「ふざけてんのか!? お前だ、お前!! その隣に座っている、独り言ぶつぶつ呟いてる不気味なお前!!」
 独り言ぶつぶつ。それは不気味だ。
「ここまで言ってもわからないのか!? 貴様!! 俺を一体誰だと思っている!! 『奥の院』の大津公博[おおつきみひろ]だぞ!!」
「申し訳ありません!! 大津さん!! 彼は外からの編入生で、まだ、『奥の院』のしきたりも方々の御名も存じておりません!! どうか、どうか、平にご 容赦を!!」
 ……ますます時代劇ぽくなってきた。
「時代劇だと!? 貴様、愚弄するか!!」
 その言い方が時代劇だと言うのに。
「そこに直れ!! この無礼者!! この場で叩き斬ってやる!!」
 いや、もう、それって、時代劇だっての。
「貴様!!」
  時代劇男がダッシュで詰め寄ってくる。俺はさっと身をかわし、椅子の背を掴んでそのまま宙返りして着地し、そのまま椅子を振り上げる。そして、つんのめっ た男の顔面めがけて椅子を投げる。
「げぇえええっっ!!」
 時代劇男は、顔面で見事に椅子を受け止めて、そのままその場に昏倒する。
「大津さん!?」
「大津様!!」
 複数人の声や、足音が錯綜し、集まってくる。
「くっ……貴様!! 一体何故こんなことを!!」
 バカ言うな。喧嘩を売ってきたのは、時代劇男の方だ。
「なんだと!? あくまで大津さんを愚弄するか!?」
 しかし、さすがにまずい。
 相手は合計三十余名いる。
 こちらは一人。
 高井田は脅えて逃げ出してしまったから、輪の中にいるのは俺一人。
 もっとも、高井田が戦力になるとは思えないので、いてくれなくて大正解だ。
 賢いヤツは、長生きする。
「さて。どうしようか」
 ふむ、とうなずく。
「このっ……逃げられると思うなよ!?」
 尻尾まいて逃げ出すのは、性分じゃない。かと言って、この人数相手に、まともに勝負するのも面白くない。……とすると。
「なんだ!? 貴様!! 俺たちを翻弄する気か、それとも御託を撒いて、煙に巻く気か!?」
 そこへ。
「やめろ。見苦しい」
 背後から聞こえたのは、梢の声。
「……『姫』!!」
「『姫』様!!」
 ゆっくり振り返ると、不機嫌そうに、眉をひそめた梢の後ろに、いつのまにか高井田がいた。
「……緊急事態と言われて駆けつけてみれば、一体これは何だ? 何が起こった?」
「はっ、はい!! 『姫』!! そこなる生意気な編入生を、大津さんが締め上げ、教育・薫陶しようとしたところ、その男がいきなり大津さんを椅子で殴った んです!!」
「……ほう、そりゃ随分ひどいな。……で、駿。お前、一体何をやったんだ?」
「……梢、お前やっぱり、俺の知ってるつもりの人間ともキャラが随分違うぞ?」
「細かいことは気にするな。そんなことはいくらでもある。オレは今は、黒猫学園、『奥の院』の『姫』なんだ」
 つまり二重人格か?
「それを言うなら『多重人格』だろう。もっとも、それも違うが。……駿、お前の言い分を聞いてやろう。そうでなくば、フェアではあるまい」
「ひっ……『姫』様!! そのような乱暴・狼藉者の言葉などに耳を傾けてはなりません!!」
「黙れ」
 冷えた声音で梢は言った。
 講堂はしんと静まり返る。
「オレに逆らう気か? 逆らいたければ逆らうがいい。その代わりどうなるか、判っているだろうな?」
 その場にいた、生徒達の七割以上が、その場で平伏する。他の連中も慌てて、それに習って講堂の床に両手をついて伏してしまった。
「……こりゃ、いったい何の冗談だ?」
 すると、梢は宛然と微笑んだ。
「まあ、細かいことは気にするな。しかし、なんとなく事情がわかってきたぞ。お前が大津に一体どういう態度を取ったのかとか。……で、お前の話をまだ聞い てない。何があった? 駿」
「どうもこうもねぇよ。そこで伸びてるそいつが、いきなり『叩き斬ってやる』とか言って殴りかかってきて。うぜぇからよけて椅子で殴りつけて静かにして やったくらいだ。加減して殴ったから怪我一つないハズだぜ?」
「……成る程。しかし、オレの聞いた話とは少々違うな。だが、高井田がオレに嘘を言うほどの度胸を持ち合わせているとも思えない。駿の性格は、近頃やっと 理解できてきたからな。すると、お互い誤解があったと見るのが妥当で平等なところであろうな」
「……だから梢、お前キャラ違うって」
「まあ良い。皆の者、この者の所業は、私の顔に免じて許してやってはもらえないか? これでもオレの不肖の弟なのでな。大目に見てやってくれると、非常に ありがたい」
「えっ……『姫』様の……!?」
「しっ、しかしっ……『姫』様は確か一人っ子のはず……!!」
「バカ!! 忘れたか!? 『姫』様が先日姓がお変わりになられたことを!!」
「ああ!! それでは、再婚相手の……!!」
 梢がくっくっと笑い始めた。
 その途端、またざわつき始めていた講堂がしんと静まり返る。
「……判ってもらえたかな?」
「た、……大変失礼をいたしました!! 『姫』様のご身内とは知らず……っ!! どうか、どうか平にご容赦くださいませ!! 大変申し訳ございませ ん!!」
「オレは別に気にしていない。……駿がどう思っているかは知らないが」
「あ? 何が。俺が何をどう思うってんだよ?」
「ということは、駿は全く何も気にしていないと言うのだな?」
「気にするって何をだよ?」
 ふふふ、と梢は笑った。
「そうか。……皆の者、良く聞こえたか? 我が弟は、お前たちのことを『許す』と。何もなかったものとしてくれるそうだ」
 笑って言う、梢の言葉に、その場にいた生徒達全員が、再度床に頭を擦りつけるように、平伏した。
 俺はそれを呆然と見つめた。


「……別に俺は、礼なんか言わないからな」
 俺は帰宅途中、梢に言った。
「別にかまわないよ。そんなのどうだって良いし。ま、ケガがなくて何よりだね」
 そう言って、梢は、天使のような微笑みを浮かべた。

 サクラの花びらが、ひらひらと舞う、四月。
 ──その瞬間、俺は、恋に堕ちた。

[完]

 




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