もう二度と顔を見せるな!
 そう言ったのは2ヶ月前のこと。


 黒猫学園は中学と高校が同じ建物にある、所謂エスカレーター式の私立校。
 そこそこの学力とそこそこ財力がある御子息たちが通っている。そんな環境のせいか、大平極楽な風潮があり、プチ不良はいても争いごとは少なく、他校に比べれば平和なもの。
 が、如何せん男子校なのだ。

 芹沢はやて疾風は編入組だった。
 両親の仕事に伴って、この黒杜市へ来たのが中三の夏。一番自宅に近いという理由でこの学校に進んだが、まさかこんな落とし穴が口開けて待っていたなんて思いもしなかった。
 時代がかった名前のせいか、実際の彼は日本人形のような透き通った白い肌と絹糸のような黒髪で、その美貌は男女ともなく振り返る美しさだ。しかし、その類い稀な美貌が仇となるなんて、疾風本人も想像だにしていなかった。
 最初の数カ月は「みんな親切だなぁ」と感心していた。重い荷物を運べば、上級生や下級生が手を差し伸べてくれたし、混雑してなかなか空かない学食でも、誰かが席を譲ってくれる。
(さすがは私立の坊ちゃん。育ちがいいなぁ)
 のほほんと思っていたのだ。夏休み明けから、今までの親切だった人が、「付合ってくれ」「芹沢好きだ!」「お前が欲しい!」などと言い出すまでは…。
 ぞぞぞっ! 冗談じゃない。
 どうにかこうにか最悪の事態は回避はしているものの、トイレすら一人で行けなくなった。
 日々不自由となる学校生活に、疾風の我慢が限界に達したのは二月十四日。国民的行事となった、バレンタインデーのことだった。


 男子校に進み、もうバレンタインとは無縁と思っていた。なのに……。
 下駄箱に見覚えのある包みが四つ。
(食いもんをンなトコに入れんなっ!)
 机の中には包みが二十二個。
(くそっ! 教科書も入んないじゃんかっ!)
 そして休み時間の度に呼び出され、昼食中も押し寄せて来る人、人、人…。
(くそ〜、ホモがバレンタインを利用すんなって! あー、うざったい…)
 疾風は痛む頭を抱えて保健室へ逃げ込んだ。
 白いパイプベッドでふて寝を決行し、その日が終わるのを待つことにした。
 微かに聞こえる音と声。毛布を頭まで被った疾風はギュッと目を瞑る。疾風は眠りの縁に落ちるまで規則正しく進む秒針を数えていた。


 圧倒的支持で緒方ひろと寛斗が学級委員長に選出された。細い目を更に糸のように細めて、照れながら笑ってみせる。
「みんなの期待に添えるか判らないけど…」
 そう言いながら短く刈った髪を掻いた。
 クラスメイトたちが一様に盛り上がるHRの中、疾風は一人呆然としていた。
『副委員長 芹沢疾風』
 黒板に白いチョークで書かれた自分の名前。
「まあ、緒方だったら抜け駆けしないだろうし、ナイスな判断だよな」
 この際、どんな判断かはさておき。
 うんうんと頷く級友たちもさておき。
(抜け駆けどころか………)
 視線を動かすと、照れ笑いをする大男にぶつかる。驚いた彼は耳まで赤くさせて視線を下げた。その仕種が好意を訴えている。
「この男はとっくに抜け駆けしているぞ!」
 声高に叫びたい気持ちだ。
 クラスのみんなに信頼され、こと疾風に対しての安全パイだと思われているこの男。その正体はバレンタインの保健室で、王子様よろしく眠れる疾風にのしかかった男だ。
「好きだ」の一言で疾風を抱きしめ、十五年間守った唇を奪った男なのだ!
(絶対に許すまじ、緒方寛人!)
 友好モードで行こうと「よろしく」なんて手を伸ばして来たが、疾風にはその汚らわしい手を取る気はない。
 クラスメイトたちに過去の狼藉を言わないだけ有り難いと思えと、ぷいっとそっぽ向いて無視して見せる。
「おお〜〜〜〜っ」
 流石は黒猫学園の誇るクールビューティーだと、次々起こる感嘆の声。
「ええと、その…よろしく……」
 頭一つ以上もデカい身体を、肩を落として背中を丸める。疾風には彼が、アニメによくある気の良いクマのように見えた。
 済まなそうに言う緒方に、疾風の良心も少し揺れたが、やはり彼の罪は許しがたい。疾風はそそくさと席に戻ると、読みかけの文庫を取り、活字の中に逃げ込んだ。
 頬にいつまでも感じる視線が痛い。
 活字を追いながら充満した気まずさを思う。
 地元出身で、中等部からの内部進学者。野球部で活躍してて、温厚な性格で中等部では部長もしていたらしい。
 人格者と知られた彼を罪人のように扱う疾風こそ、この場の悪役であった。それでも疾風を批難する者がいないのは、学園のクールビューティーは孤高であるべきという、変な思い込みに寄るものである。
(バカばっかりだ……)
 外は満開の八重桜。
 春うららというけれど、疾風の心は猛吹雪。
 真冬の時代に入ったところだ。


 どんな仕返しをしてやろうかと考えたが、結局実行しているのは「無視」だけ。それだけでは気が済まない疾風に、友人の湯川はそれで十分だと言う。
「惚れた相手に無視される…こんなにキツイのないって」
 彼女手製の弁当を食う湯川は、緒方と同じ内部進学者のせいか、どうも彼に甘い気がする。
「それより、蓼科キャンプどーすんだ? 五千円で権利買うってヤツまでいるらしいぞ」
 二泊三日のキャンプ研修。三クラス合同でミックス組もOKなどと、今回も疾風は自由な校風に悩まされている。
 最早プレミアチケットとなっている「疾風と同じテントで寝る権利」だが、未だに決まらない組割けに噂ばかりが専攻している状態だ。
「オレは疾風に付合うけどさ。ノーマル面子集めてもさ〜、買収されたら終わりだよなぁ」
 タコウインナーを銜えながら恐ろしい予測をする湯川。疾風は走る悪寒に身を震わせた。
「もー、意地張ってる場合じゃないでしょ。疾風も我が身が可愛いかったらさ……」
背に腹は変えられない。組み替えを仕切る主と話し合わなければ……。
(虎穴に入らずんばってヤツか……)
 疾風は膝に落ちたパンくずを叩き、大きく溜め息をついた。


 その頃、緒方も溜め息をついていた。
 ここ一ヶ月、一方通行の会話と徹底的に無視される現状に、流石の緒方も神経が参る寸前。
 中学三年の夏。初めて彼を見たのは猫多神社の境内だった。場所が場所だけに猫の化身かと思ったほど、緒方は疾風の美貌に見とれた。
 彼は神社で飼われている猫を抱き、柔らかく笑っていた。一瞬のことなのに、恋と自覚するのに時間はかからなかった。
 朝のランニングですれ違うだけで幸せだった。この想いが叶うわけないし、彼と知り合うこともないと思っていたからだ。
 けれど、思わぬ幸運が訪れた。
 疾風が黒猫学園に入学して来たのだ。今まで想像するだけだった彼の仕種や声、表情を見ることが出来た。彼に恋慕する他の輩を密かに排除しつつ、緒方自身は影ながら慕っていた。それだけで満足だったからだ。
 --------なのに。
 シップを取りに入った保健室。隆起した白いベッドの上に、安らかな顔で眠る疾風。
 瞬時に血が昇った。
 熱い血が体内を駆け巡り、理性が追い付く前にか細い身体を抱きしめていた。折れないように緩く抱き、感触を確かめるように徐々に力を加えて縛って行った。
「うん…ん……」
 薄い唇から息が漏れた瞬間。緒方はその桜色の唇にむしゃぶりついた。
(疾風! 疾風! 疾風っ!)
 名字ですら彼を呼んだことがないのに、心で叫ぶのは彼の名前。不馴れな、情熱だけの口付けは、疾風を眠りから引きずり出した。暴れ出す疾風を体重で押しつぶし、仰け反った背中を手の平で撫で上げた。
「テッ、テメーッ……」
 疾風が飛びかかって額に頭突きを食らわす。後退した緒方の顎に、すかさず右ストレートを叩き込んだ。
「このド変態がっ!」
 怒りに身体を震わせ、真っ赤な顔で激哮する。
 自分が犯した罪より、緒方は、目の前で憤する疾風が美しいと思った。
もう二度と顔を見せるなと言われて、そうするつもりだった。せめてもの償いのつもりだったからだ。
 なのに、同じクラスで同じ委員になるとは……。彼の側にいながら、透明人間のように扱われ無視される…なんと辛い罰だろう。
どんな仕打ちされても、やっぱり好きで。
(ああ、疾風……)
 そして今、彼同様に緒方を悩ませているのがキャンプの組分けだった。
 誰も彼も疾風と一緒になりたがる。予想はしていたものの、実際耳にすると温厚な緒方も嫉妬で気が狂いそうになる。
 明日までに提出しろと担任は言う。問題の彼の人は仕事を全部緒方に押し付けていたので、この苦労を知る由もない。
 はぁ…と、緒方が数度目かの溜め息を机に吐いた時、机上の白いプリントが影った。
「お前、オレが好きなんだろ」
 頭ごなしに言われ、慌てて顔をあげる。彼の声を間違えるわけないが、こうして確かめない限り信じられないのだ。
 あの日以来の言葉だった。
 傲慢で高飛車な台詞。けれど緒方には、ほんのり赤らんだ疾風の頬が愛らしく見えた。
 一方、うっとりとした目付きで見上げられた疾風は、やっぱりクマみたいだと思いながら、横柄に話を進めた。
「お前はオレが夜這いされて平気なのか。その程度の想いなのか」
 殴って、詰って、二度と顔を見せるなと言っておきながらの台詞だ。
「そんな……」
 周りに聞こえはしないかと伺いながら、緒方は頭をプルプルと振った。
「じゃあ、オレの役に立ちたいだろう? 償いだってしていいはずだ」
 散々シカトを決め込んでこの態度。疾風は暗に保健室のことを言われて縮こまった緒方に、にっこりと笑ってみせた。
「このクラスは四十三人。必然的に四人組では一人足りない…。だから、オレは湯川とお前と組むことにする。解ったな」
 一気に捲し立て、疾風は緒方を見下ろした。
「オ、オレでいいのか……」
 デカい図体に似合わない小さな声だった。見れば、耳や首まで赤くなっているではないか。
「まあ仕方ない。ただ、オレに指一本でも触れたら、お前に襲われたって上訴するからな」
 尖った爪先で弱ったネズミをいたぶる猫のように、疾風は妖艶に笑ってみせた。ふと、自分の背中に、絶頂の極みに疾風が尖った爪を立てるイメージが浮かんだ。
 振り向かずに去る疾風の背中を追いながら、満足そうに喉を鳴らして、婉然と笑う疾風を思い描いた。
(--------やっぱりド変態だな、オレ……)


 結局組分けは希望通りになった。
 職権乱用だの、横暴だのと緒方への抵抗は多少あったものの、「ヤツなら平気だろう」という根拠のない理由でどうにか落ち着いた。
 バスの座席でも一悶着あったが、流石にそれは疾風が「湯川と座るから」と一蹴した。
 バスで長時間揺られ蓼科に到着するころには、疾風の体力は早くも消耗していた。
「自然の空気は気持ちいいな〜」と、事勿れ主義の担任が言ったが、湯川と疾風は携帯した虫よけを塗りまくっていた。
 早速各グループがテントを設営し始める。
 お人好しの緒方は疾風の「ダルイ」の一言で、テキパキと一人でテントを張ってしまった。
 美しさって罪〜と、湯川がからかう。
 野草の研究という課題をこなし、キャンプ定番のカレーを食べ、山に夜が訪れる。
 疾風は急にもよおして来た生理現象に、すこし離れた簡易トイレと向かった。三クラス合同でのキャンプに、あるトイレは四つという劣環境。さすがに男ばかりとあって、小さい方ならばそこら辺で用を足す者が殆どだった。
(オレだって覗くヤツがいなきゃチョロってしちゃうのにな……)
 バカ者のホモ野郎がうじゃうじゃしている学校だけに、わざわざ個室に入る始末だ。
 疾風はブツブツと文句を言いながら用を足し、その側の炊事場で手を洗った。明日の温泉まで風呂に入れないのも痛かった。
「--------さて、あとは花火か……」
 そんなに盛り沢山にしなくていいのにと悪態をつく。濡れた手をパラパラと振りながら、疾風はみんなのいる広場へと向かった。
 それは一瞬のことだった。
 暗闇から伸びた手が疾風の腕を掴み引っ張った。虚をつかれてバランスを失った身体は、引かれるまま茂みへと倒れ落ちる。
「なっ……!」
 冷たい草が頬に触れる。立ち上がろうと付いた手は何者かに外され、すぐにカクンと地面に崩れ落ちた。
「誰だよ! こんなことしてもビビらねーよ。放せっ、バカ野郎!」
 疾風の啖呵に、怯むどころか更に拘束する。両腕、両足。吠える疾風の口まで塞ぐ丹念さ。どう考えても相手は二人か三人……。
(この卑怯者っ!)
 唸りながら、身を捩っては抵抗を試みる。擦れて潰れた草の青匂いが辺りに充満した。
「おとなしくしろって。ちょっと協力してくれりゃー直ぐ済むって」
 あ、三人相手だから直ぐじゃないか…そう言って笑い出す。仲間の男たちもクスクスと続いて笑った。
「んーんーっ、んーっ!」
 タオルのようなものを口に入れられ、叫ぶことすら侭ならない。疾風はあらん限りの力で抵抗しつつ、どうしようもない恐怖と戦っていた。
(こんなん絶対イヤだっ! こんなことで人生に脱落したくない-----ッ!)
 心で叫ぶ疾風に、容赦なく試練は襲い掛かる。男たちの手がシャツを捲りあげ、ジャージにも手をかける。ゴムだけの抵抗はあっさり突破され、曝された滑やかな柔肌を山のひんやりとした空気が撫でて行った。
 ゾクリと悪寒が全身を走る。寒さではない、圧倒的な恐怖のためだ。
「ご開帳。生意気なお姫さんのご登場〜〜」
 歌うように言って、疾風の下着を膝まで降ろす。夜風と恐怖に縮まった疾風の分身が現れた。
(イヤだ! 湯川っ! だ、誰か-------っ!)
 ざらりと乾いた手で全身を撫でられ、気持ち悪さに吐き気がする。
「お前達も触ってみろよ。すべすべだぜ」
 リーダー格の男の言葉に、荒い息で見ていた男たちが我先にと疾風の身体に触れ出した。汗ばんだ手が肌の上を這い回る。
 はあ…と、誰かが嘆息する。
「あらら、恐いの? すぐ良くしてやるぜ」
 ピンッと性器を弾かれる。その痛みに疾風は身体を揺すって暴れた。
 誰かが疾風の乳首にむしゃぶりついた。それに続いた男が疾風の分身を扱き始める。気持ち良くなどない。嫌悪と屈辱以外、なにもうまれない行為だ。
(こんなのイヤだ……)
 悔しさに涙が浮き上がる。誰とも解らない輩に寄ってたかって犯されるなんて。
 次第に荒くなる男たちの息。撫でては嘗め、自分達の欲望を押し付けて来る。耳を塞ぎたいのに、疾風にはその自由すらなかった。
 絶望に力を抜いた時、闇に光が輝いた。
「そこでなにをしてるんだ!」
 その閃光は懐中電灯。逆光に浮んだ大きな影が、疾風を襲っていた痴れ者たちを曝し出した。
「はっ、疾風っ!」
 名を叫ぶが早いか、大きな影が疾風にのしかかる男たちをぶん投げる。
だらしなく投げられた男の一人を締め上げ、逃げようとした男の首根っこを掴み腹にフックを浴びせる。呆然としたまま固まる最後の男は股間を蹴られ、無様にひっくり返った。始めから決まっていたシナリオのように、一人立つ男の周りに苦痛に唸る男たちが転がっていた。
「疾風--------……」
 あれだけ暴れて息も乱れない。大男はゆっくりと疾風に近付くと、霰もない姿の彼を抱きしめた。小刻みに揺れる身体に、彼が身を震わして泣いているのが解った。
(緒方…お前……)
「スマン…、オレ、お前守らなきゃなんないのに……」
 巨体を縮めてむせび泣く。
 溢れた緒方の涙が、疾風の素肌に染み込んだ。
「大事なのに。オレ、お前が一番大なのに……」
 すまないと繰り返して泣く。
 あんな目に遭って、声を出して泣きたいのは疾風の方だ。
(カッコよく助けに来たと思ったら涙かよ…。調子狂うよな、コイツ……)
 疾風は大きな背中に手を手を回し、元気つけるようにぽんぽんと叩いてやった。
「いつまでもこーしてんな。こっちはアイツらに弄られて気持ち悪いんだからな」
 だらしなく伸びて気絶する輩を睨む。あちこち触れられたところが汚く思える。
「ごっ、ごめん!」
 はっとした緒方が疾風を抱いたまま立ち上がる。猛烈な勢いで走り出すと、キャンプ地の置くの炊事場に着いた。
 疾風を木でできたテーブルに座らせる。緒方は着ていたTシャツを脱ぐと、それを水で濡らした。
「冷たっ……」
 Tシャツが白い肌を拭う。月に照らされた疾風の肌。腕、脚と拭き、手は上へと進む。柔らかな感触がシャツを通じて緒方に伝わる。
(疾風…可哀想に……)
 そしてかつて自分が疾風の唇を奪ったことを思い出す。
(オレもあいつらと同じだ。疾風の意志なんて考えちゃなかった……)
 魔がさしたでは済まない事実。シャツで綺麗に拭って、疾風の気温の中からも消してやりたいと思う。
 泣きながら疾風の身を浄める緒方に、なぜか疾風の気持ちは和らぐ。男としてのプライドが崩れた時、颯爽と現れたクマは、泣きながらその破片を組み立ててくれた。
 緒方の手がぱたりと止まる。下腹の薄い茂みに隠された疾風が、微かに震えた。
「ここも触られたのか……?」
 緒方が訪ねる。怒りを帯びた、低い声で。
「--------だったらどーすんだよ」
 さっきまでの反省はなんのその。緒方の理性着簡単にブチ切れた。
「綺麗にするっ!」
 言うが早いか、緒方は疾風の前に膝を落とした。大きな肩を入れて、細い疾風の脚を左右に開いた。
「うわっ! なっ、なにっ……っ」
 疾風が理解するよりも早く、緒方は疾風の分身を頬張った。暖かく滑る感触。意志を持った舌が疾風の砲身を嘗め浄める。
(あぁっ……!)
 初めての感覚だった。自慰とは明らかに違う快感。脳天まで達する激しい波が全身を襲った。
「ダッ、ダメだっ…! こ、こんなのっ……」
 短い髪を掴みながら、引き離す手には力が入らない。緒方は疾風の制止もきかず、そのまま性器をすっぽり口に含んだ。
 汚れた部分を全部嘗め取りたかった。清らな疾風に苦悶でない、純粋な快感を与えたかった。
(疾風…オレがいかせてやるよ……)
「はぁっ…はぁん……んぁっ………」
 舌の愛撫を受けながら、次第に浮いて来る腰。味を捩って自らもっとと強請ってみせる。強烈な感覚の前に、疾風は自我を忘れた。
 竿を嘗められ、漏れた唾液と淫液で光った睾丸を手で揉み扱かれる。波のように次々襲い来る愉悦に、疾風の口から嬌声が漏れる。
「やっ…だってば……緒方ぁ……」
 緩急つけた愛撫に、疾風の欲望は弾ける寸前まで上り詰めた。見取った緒方が猛る疾風の先を一気に吸った。
「ああぁぁ--------っ!」

 真っ白に弾けた脳裏。覚醒して見えたのは緒方のドアップだ。
 至近距離で見ると意外にも睫が長い。そんなことをぼんやり思いながら、緒方の舌に自らの舌を絡めた。
 互いの舌ほ巻き付け、絡め溢れた唾液を飲み込む。そのとき、疾風はある事実にはっとする。
 --------ん、んんん…?
(キスって…さっきまで緒方にフェラされて…って、おいっ!)
 力なく垂れた腕をぱっと上げ、握った拳を思いきり振りあげる。
 バキイッ! 突然の攻撃に緒方が飛んだ。
「ぐぉぉっ! は、疾風?」
 さっきまでうっとりと身を任せていたのに、この変貌ぶり。正気に戻った疾風はもはや、緒方の両腕に収まるものではない。
「テメー! 人のザーメン飲んでフェラした口を〜〜! この単細胞っ!」
 汚いじゃないかと言って詰る。
「きっ、汚くないよ。疾風は全部綺麗だ」
 きっぱりと言い切る緒方に、疾風は頬を紅潮させる。
「うるさい! うるさい! この変態っ」
 照れを誤摩化しながら疾風は拳を振り落とし続ける。緒方はタコ殴りになりながら、ついつい頬が弛んでしまう。
 遠くから疾風を探す湯川の声が聞こえる。
緒方の上着をかけてやると、疾風はそのまま背中を見せて歩き出す。数歩先で止まると、くるりと振り返った。大袈裟に溜め息をついて。
「今日のことは秘密だからな……」
 疾風に言われて、緒方は何度も頷く。
「……で、ありがと、な……」
 その小さい声は夜の森に染み込んだ。
 湯川のもとに駆け出した疾風。緒方は小さくなる疾風の背中を見送り、いつの間に出ていた満天の星を仰いだ。
「どうしよ、コレ………」
 緒方の下半身は、さっきまでの接触と、許された喜びで元気に勃ち上がっていいた。夜空にそっと目を瞑り、高ぶる股間を撫でる。
 悶え悦ぶ疾風を思い出しながら緒方は、「新記録、できっかも…」と、ひとりごちた。

 終